「実家」がなくなります

こんにちは YOME?!です。

以前の記事でも書きましたが、じいちゃんやオットなど、
「ここで生まれ育って」実家が変わらずにずっと同じ場所にあることに
衝撃を受けた、的なことを書きましたが、

転勤族だった私には、「実家」と呼べるものがどこなのか、明確な答えがありません。
今は、強いて言えば、「親が住んでいるところ」でしょうか。

そんな私ですが、

先日、祖父の家をリフォームして両親がそちらに引っ越し。
(祖父は施設に入っています)

それまで住んでいた家は、更地にして売ることになりました。

そこは、私が小学校6年生から高校卒業までの7年と、
大学卒業後に帰省して就職してから2,3年住んだ「実家」です。

これまでに
・生まれた家
・小学校時代を過ごした家
・今書いている「実家」
・学生時代を過ごした家✖️2
・一人暮らしをしていた家✖️3
・結婚してから住んだ家
・結婚してから建てた家

と、住居が変わっている中でも、これまでで一番長く過ごした場所でもあります。
(現在の家がその記録を更新してくれることを願いつつww)

家族の歴史を見守ってきた家

先日、土地を購入いただける家族と商談が進み、
いよいよ解体の日取りが決まったそうです。

取り壊しを前に、先日家族揃って、家の前で記念写真を撮りました。

振り返ってみれば、入学式や卒業式、成人式など、何かと言うと
「家の前で撮った写真」が必ずあったなあと思い出しました。

特徴的な赤い三角屋根の家は、結婚式の席次表の「小中高時代の友人」卓の
シンボルアイコンとしても採用。

 

席次表の制作は友人でもあるチームヤムヤムさん。
それぞれの席に座るゲストと私たち夫婦の「ゆかりのあるもの」をイラストにテーブル卓アイコンとして
制作してくれました。

 

お気に入り♪

 

会場外には、拡大したものを貼り出しました。5年ぶりに鑑賞w

引っ越してきた際、それまでの団地住まいから、初めての一軒家に嬉しくて、
兄弟と部屋中走り回って遊んだこと。

兄弟喧嘩もしたし、親にもたくさん怒られたし、
中高時代は夜にこっそり彼氏と電話したり、友達とお泊まり会をしたり…。

思い出の端々にあるのは、その時々の家の様子。そして、家族の姿です。

「家」は、単なる入れ物で、人工物だけれども、
やっぱり家族の帰る場所、居場所として大切なものなんだなあ、と。

なくなってしまうとなると、急に寂しい気持ちになって、
柱の傷ひとつ、備え付けの家具や扉のひとつひとつも愛おしくて、
「実家」がなくなるような気持ちです。

もちろん両親は健在なので、これからはそこが私の「実家」になるのだけれど。。

家って、大切です。
そこで、家族と過ごす時間、積み重ねる時間もとっても大切です。

今、住んでる家は、まだ築4年。
これから、たくさんの思い出を家族と一緒に作っていきたいな。
そんなことを考えていました。

赤い三角屋根の実家がとても好きでした。
ありがとう。

解体は悲しいので見に行かないかな〜〜。

 

 

この記事を書いた人

YOME?!

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十勝出身。農家の長男と結婚し、農家の嫁となる。農家の暮らしあれこれを嫁目線で発信。楽しく、自分らしく生きる、がモットー。好きなものはpH10以上の温泉、紙物全般、キャンドル、ひき肉。1児のハハ。